アバンギャルド茶会 コラム茶の湯コラム 【茶の湯とビジネス Vol.2】「茶道」はすごいビジネスモデル?

【茶の湯とビジネス Vol.2】「茶道」はすごいビジネスモデル?


前回は、個人的な「茶の湯」との付き合い方について書きました。

「茶の湯」をビジネス(=仕事)にするのではなく、「趣味」として「ビジネス」と二足の草鞋を履くことで、相乗効果を生んでいる話しでした。本来は、このシリーズで「茶の湯は、ビジネスと共通点がある」ということを書くつもりでしたが、いきなり脱線してスタートしてしまいました。ということで、今回からが本番です!

茶道

「茶の湯」から「茶道」へ

ここまで「茶道」という言葉を使っていないことに気が付きましたか?

「茶の湯」と「茶道」は同じ意味と捉える方が多いと思いますが、実はちょっとニュアンスが違います。そもそも、「茶道」という言葉が登場したのは「幕末~明治初頭」です。それまでは「茶の湯」という呼び方が主流でした。なぜ、「茶道」という言葉が生まれたのか?それは当時の「茶の湯業界」の置かれていた状況に大きく起因しています。

「明治維新」で「茶の湯」業界も激変します。

廃藩置県で茶の湯(各流派)のパトロンだった「大名」が一気に力を失います。それまでは、茶の湯の指南役だけで生計をたてられましたが、パトロンを失えばそういうわけにはいきません。変化に適用できない者は淘汰され、適用できた者だけが生き残れるのは、どの時代も同じです。

僕がいるベンチャー業界のイメージで行くと、ベンチャーキャピタルが投資してくれていたのに、不況になった途端、一気に身を引いた状態です。つまり、貸剥し?にあって、キャッシュが枯渇して「倒産寸前!?」です。こんな状況に陥れば、あきらめて倒産するか、新たなビジネスモデルを探して、再起を図るしかありません。そんな試行錯誤の中で生まれたのが「茶道」というビジネスモデル(=システム)です。

茶の湯は「One to Oneマーケティング」。茶道は「マスマーケティング」。

「茶道以前」の時代、茶の湯者は大名たちの指南役だったわけですから、自分の周辺だけに茶の心得を教えればよかったわけです。ある意味「茶の湯」は限られた人たちが行う、特別なものでした。つまり、限られた大名などの人たちに対して「One to One」で対応していればよかったわけです。

しかし、「茶道以後」の時代は、余計なコストから見直されるわけですから、「茶の湯」は一番のリストラ候補になるわけです。大名からリストラされても、運よく新しいパトロンを見つけられた茶の湯の家元は良かったのですが、ほとんどの流派は困窮を極めます。(ちなみに、新しいパトロンには現在の「財閥」がその役目を担います。今でいうところのIT長者といったところでしょうか?)

そんな中、茶道以前の時代なら到底考えられない新たなマーケティングを仕掛ける人たちが出てきます。それは、「女性」をターゲットにすることでした。

茶道以後の時代は、社会が大きく変革する中で、女性の活躍が期待されるようになってきました。「女学校」という女性の高等教育機関が台頭し「女学生教育の中に茶の湯を取り入れてみたらどうだろうか?」ということを思いつくわけです。なぜなら、茶の湯には「礼儀作法」をはじめとした「料理」「花」「書道」など、の要素が包含されていることから「花嫁修業」に最適と考えられたのです。

これまで「男性」がターゲットだったものを、時代の流れに合わせて、柔軟にターゲットを「女性」に変更する。それまで「One to One」だったものが、マスマーケティング(=大衆化)へとシフトします。そうなれば、マーケティング手法もガラッと変えなければいけません。マスを対象にするわけですが、仕組化しなければ拡大路線に乗ることはできません。

「昇級/昇段制度」というビジネスモデル

では、その「仕組化」とは、どのようなものだったのか?実は、これはほとんどの日本人であれば一度は触れたことのある「仕組」です。

「昇級/昇段制度」です。

茶道の場合、「許状」というシステムをとっており、文字のごとく「〇〇をすることを許す」という考えです。華道や書道、柔道、など他の「〇〇道」は「免状」という「〇〇ができるようになったことを認める」という考え方です。

アプローチは若干違いますが、「スキルを可視化」して、そのスキルを「定量化」することに対して、対価をもらうシステムです。かん当たり前のように思っていましたが、良くできたビジネスモデルだと思いませんか?

また、茶道をはじめとする「〇〇道」は比較的グローバル化していると思いませんか?柔道、剣道なんて世界中に愛好者がいますよね?これは「昇級・昇段制度」を設けたことにより、どこでも同じ尺度でレベルを図ることができるようになったことで、容易に世界進出できたのではないか?というのが僕の考えです。

かなり簡略化して書いてしまいましたが、「明治維新」という強制的にリセットを余儀なくされたことによって、リモデルすることができたのです。明治維新、第二次世界大戦など時代が大きく動くとき、柔軟に対応することができたものが、勝者となるのでしょう。最近だと、「IT革命」や「スマートフォンの登場」がそれにあたりますが、その変化の波に「〇〇道」は乗れているのか、否か?次の大変革はすぐそこに迫っているのかもしれません。

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